[在部当時のこと]

私は昭和61年から平成元年までの4年間、体育会サッカー部にお世話になりました。高校時代は選手権、インターハイとそれぞれ2回の出場を果たし、高3時には国体の東京都選抜メンバーでもありました。当時、高校サッカーはサッカー人生の大きな区切りだと思っていましたが、上智への入学が決まった後、体育会サッカー部への入部を全く躊躇することなく決めていたので、入学前の3月頃から既にチーム練習に合流していました。理由は単純明快で、高校時代のチームメイトや他校の選手たちが、皆関東リーグの強豪校や東京都1部の伝統校に進学し、私の中に「彼らに負けたくない」との意識が強かったからだと思います。

しかし、大学サッカー部における4年間は私にとって大きな困難と苦しみの連続でした。入部当時から、技術面、精神面、サッカーに対する姿勢・価値観など、周囲とのギャップに悩む日々が続き、初めてサッカーが楽しくなくなりました。勿論、私も自分の未熟さに気が付かず、プライドの高さから随分生意気を言って周囲に迷惑をかけたと自覚するものの、心底、チームの為に「自分を変えよう」などとは思っていませんでした。澤田主将率いる世代の方々が卒業し、私が3年生を迎える頃には来年も見越した戦力ダウンへの対策不足に焦りばかりが先行するようになりました。低学年の早期戦力化は急務で、彼らが気持ち良くプレーに集中出来る環境を作る為には、試合に出られないメンバーの献身的な役割をより明確にする必要がありました。しかし、実際には中途半端なものとなってしまい、結局、主将を務めた4年生のリーグ戦では6年間死守した東京都1部を途絶えさせてしまいました。リーダーたる自分の心の整理が遅れ、周囲の声もあまり大切にしなかったことで「チーム一丸」となれないまま、リーグ戦に突入したことが、敗因の全てだと今でもそう感じています。自分を変えきれなかったツケが最後の一番大切なところで出てしまったわけです。

[現役に望むところ]

「チーム一丸」とは言うは易く行うは難し、検証もしにくいものです。私なりに考えると、学年、性別問わずレギュラー、サブ、ムードメーカー、分析・サポート体制他、OB・ご父兄の応援まで含めて、チーム全員一人一人が「サッカー部は自分が支えており、自分がいないと絶対に困るはずだ」と自信と誇りを持って各々の役割に徹する状態を示し、また各役割はチーム内で共有化され、切磋琢磨する意味で相互に監視されていることが望ましく、仮に負けが続くような困難な局面でも、勝利の為に皆で修正し合いながら出来るだけその状態を持続させていることが「チーム一丸」と云える状態だと思います。

これは本当に難しいことですが、社会に出て、組織活動する際に全く同じことが求められると思います。現役の皆さんは大学時代に大好きなサッカーを通じて「チーム一丸とは?」に本気で取り組むことがどれほど意義深く、やりがいのあることか!もう十分理解して、実践しているようですが、さらに追及して欲しいと思っています。私も大学時代の「苦い経験」に時間をかけて、勝手に「貴重な経験」に置き換え、社会人としてずっと「組織一丸とは?」に挑戦し続けていますが、いまだに満足いく結果は出ていません。しかし、難しいからこそやりがいがあり、何度転んでも笑って立ち上がりたいと思っています。

上智のようなチームで育ったからには、自立心と粘り強く修正する力を武器に、多様性を受け入れ、組織の一体感を作り出せる中心人物として社会で大活躍して欲しいと願っております。