​​ [在部当時のこと]

昭和56年度卒(主将;勝厚)の代が在学した4年間を振り返ってみたいと思います。

1年の年に東京都1部リーグにて「関東リーグへの復帰」を目標に掲げていた。4年生(主将は村田さん)は6人とただでさえ数少ないのに主力選手(清水、藤本)を病気により失う。夏合宿の戸狩が高原なのに異常気象の高温だったせいか。1勝2分け4敗で最下位で2部リーグ降格と悔い残る年となった。キーワード:油屋荘、熱射病

2年次の時は、たった3名の最上級生でチームを引っ張り、川上主将の後ろからチームを押していくリーダーシップは練習の面では大変厳しかった。夏合宿の竜王高原がまたも異常気象の雨続きでストーブを出すも、風邪をひくものが続出。リーグ戦に突入した頃にはチーム全体がバテ気味で戦績は前年同様の1勝1分け4敗と散々たるもので2部残留。キーワード:土手、連帯責任

3年より一変して、主将:楊、岡山、菊池を擁するエリート時代の到来で、初戦を落としたものの奮起して残りを全勝し、一部昇格の入れ替え戦までこぎ着けながら、学習院(0-2)と破れる。キーワード:秦野、カフェドン

4年時、部員は総勢21人~26人と少なく、2軍すら作れない。4年生にさしたる図抜けたプレーヤーがいなかったが、下級生は粒ぞろいだった。「他のチームからは、上智は技術は無いけれどよく走るチームと言われた」。2年連続して東都2部で一部昇格の入れ替え戦までこぎ着けながら、成蹊大学(0-4)と破れて惜しくも一部復活にならず。その復活は次の河合の代で漸く成し遂げることになる。キーワード:ワンツーパス、ユーミン

「マモさん、大串先生、岩田さん、磯見部長、中原監督には本当にお世話になりました。特に年齢も近かった鈴木マモさんには技術的なことだけでなく、学生サッカーこうあるべしとの心構えを含め人生の核になるものをいただきました。」

部員構成​ 1年生​ 2年生​ 3年生 ​4年生​ 合計

1年次​   7人 6人​  3人​  6人​  22人

2年次​   5人​ 7人​  6人​  3人​  21人

3年次​   8人​ 5人​  7人​  6人​  26人

4年次​   4人​ 8人  ​5人  ​7人  ​24人

リーグ戦戦績​ 勝 ​分​ 負

1年次​​     1 ​2​ 4

2年次​​     2​ 1​ 4

3年次     ​​6 ​0​ 1

4年次​​     6 ​0​ 1

[現役に望むところ]

一般入試で合格した学生の本文を全うする傍らの部活動です。ややもすればプロの指導者を欲し、教えてもらうことに頼ってしまいがちです。主体的に学生が自ら考えて行動することが上智大学生らしいと思います。Jを目指すようなことはないはずなので、他大学とは一線を画す矜持を保ってサッカー生活を送ってください。