[在部当時のこと]

1974年ワールドカップ西ドイツ大会。決勝は皇帝ベッケンバウアーを中心としたリベロ・システムで勝ち上がった地元西ドイツと、空飛ぶオランダ人ヨハン・クライフを核にポジションに捉われず全員攻撃・全員守備のトータルフットボールで旋風を巻き起こしたオランダとの顔合わせ。結果は西ドイツが優勝した。この試合は日本で初めて生中継され私はテレビに噛り付いて見ていた。敗れたがこの時のオランダ代表のサッカーが好きだった。その翌年サッカー部の門をたたいた。高校時代もサッカーに打ち込んでいたが、大学では体育会には入るつもりはなかった。しかし、高校サッカー部の先輩からの強い勧めでサッカー部に入部。そこからは迷うことなくサッカー漬けの大学生活だった。当時部員は30人弱。グランドも毎日反面はサッカー部が専用していた。未だに忘れられないのは練習最後に待っているクーパートレーニング。12分間で最低3200mを走る心肺機能を高める練習だ。さらに3200mを走れないと、罰則として土手上り10本が待っている。私は当初この練習が嫌いで、最後のダッシュでギリギリセーフが私の定番だが、時に土手上りをするはめになった。今思えばいかにも昭和の体育会らしい光景だ。現役時代は、2年生で2部に降格、3年生で一橋大との入れ替え戦で勝ち1部に復帰、喜びもつかの間、4年生で主将として臨んだリーグ戦でまたもや2部降格。この時の悔しさは今も忘れない。

 

[現役に望むところ]

 今年は日本にプロサッカーが誕生してから25年になる。ワールドカップへの出場も当たり前となり日本のサッカーを巡る環境は私の現役時代と大きく変化した。大学サッカーを取り巻く環境も大きく変化したと思う。部員60人は、私の現役時代には想像もできない数だ。ただ、上智大学体育会サッカー部の部員たちのサッカーへの情熱は、昭和の時代も今も変わらないのだろう。60人の大所帯ではチームとしてのまとまりが、極めて重要で、そのためにはチーム内でコミュニケーションが大切だ。部員一人一人が主体的に考え、チーム内で共有し、チーム目標に向かって邁進して下さい。結果はついてくると信じて!