[在部当時のこと] 

‘77年入学した私たちの代は、前年一部から降格しなんとしてでも一部に復帰するという、主将松落さんの熱い思いをひしひしと感じつつ、(入部当時、松落さんは春先の練習で怪我をして松葉杖をつきながらグラウンドで指示を出していました。)雨続きで毎日スパイクもユニフォームも半乾きのまま練習した夏の嬬恋合宿を乗り越えてリーグ戦に臨みました。順調に勝ちを重ね最終、自由学園戦で1部自動昇格と確信していましたが、勝利をすることができず2週間後の一橋大学との入れ替え戦で1部リーグ返り咲きを果たしました。(リーグ戦最終戦で勝てなかった時、悔しさとともにオフが短くなったと、練習嫌いの当時の1年生は嘆いていました。)

 翌年、村田主将のもと、関東リーグ復帰を合言葉に練習を重ねましたが、1部リーグ最下位となり1年で2部転落という結果。ただ、私たち2年生にとってはグラウンド整備などの雑用から解放され、1年の時からレギュラーで試合に出ていた楊、丘山、菊池らのプレイには伸び伸びとした余裕すら感じられるようになりました。

 年生の時も部6位と低迷し、4年生最後の年、なんとか私たちの代で一部復帰を果たそうと、結束していましが、それは何がなんでもという悲壮感をただよわすわけではなく、サッカーを楽しんで、でも勝利にはこだわるという私たちの代の特色が出ていたように思います。タレントに恵まれた代として、1部復帰は楽ではないが高望みではないという認識でした。

 リーグ戦、初戦部から降格してきた亜細亜大学との一戦が最大の山場でした。苦戦を強いられるのは予想されましたが、再三のピンチをしのぎ、前半は1ー0でリード。結果2ー1で敗れましたが、第2戦以降は波に乗れ、残り試合全勝、亜細亜大に次ぐ2位という結果で入れ替え戦に臨みました。入れ替え戦は学習院に敗れ1部昇格という夢は叶わず、後の代に引き継ぐことになりましたが、2年後の代で念願を果たしてもらいました。

 [現役に望むところ]

卒業して40年近く経ち、現役の試合観戦もご無沙汰しておりますが、中迫監督からのOB会メールマガジンは楽しみにしています。今の部員の人数は、当時から見ると隔世の感があり、上智大学サッカー部としての隆盛を感じられます。久しぶりに1部復帰を果たし、さらなる高みを目指すために健闘を期待しています。