[在部当時のこと]
私が87年に入学し、早々にサッカー部に入った時は、実は「折角の大学ライフも楽しみながらサッカーもできるのではないか?」なんて甘い考えで入ったというのが本音で、入部した途端「おっと、こりゃ違うぞ」と思いながらも、あれよ、あれよと入り込んだ印象です。
当初のサッカー部は「上手い」というよりも、やはり「パワーがある」といった印象で、「上手い」だけじゃ勝てないのだろうな、逆に上手くなくても勝てるだろうな、ということを感じました。
1年生時は東都1部におり、相手には全国大会に出た経験者も多くいる大学との対決もある中で「ギリギリ」ではあったものの、互角に戦っていた試合も多かったことがそれを証明しておりました。私自身GKというポジションで、今と違ってポジションとしてはマイノリティ。担う人数も少なく、幸い1年から継続的に試合に出られたことが自分の大学サッカー人生では大きかったことだと認識しています。やはり「試合があっての練習」であって「練習のための練習」ではなかったことが成長に繋がり、「自信」にも繋がりました。
とはいえ、2年の時に1部から2部に降格。そこから4年の卒業まで惜しい所まではいくものの昇格できずで終わったということでいうと、悔いの残る結果であり、結局は成果には結びつかず反省。
4年の時に主将を任されるも、個人的には自信を持って挑んだラストイヤーだったが、自分のプレイもそうですが、主将としてチーム全体をリードできたかでいうと、足りなかったのだろうと。やはり試合の中での「流れ」もあるが、リーグ期間全体の中での「流れ」もある。良い流れの時にどう乗っていくか、悪い流れの時にどう変えるか、そのようなことをもっと自問自答し、より強く意識しながら、リードできていたらと思う所もあります。

[現役に望むところ]
自分ができていたかは抜きにして、また反省もこめて。
皆さんに望むことは「自主性」。それが一番だと思う。遊ぼうと思えば遊べる、他のことをやろうと思えば自由にやれる。大学生活の中で好き好んでサッカーをやっているわけだから。貴重な時間をサッカーに捧げるのだから、とにかく自らの意志、自主性をもって充実したサッカー生活を過ごしてほしい。
昨今のスポーツの問題。これは旧態依然としたマネージメントが根っこ(我々の大学はそうではないと信じていますが)。そこもこれらの事件より淘汰されるであろうし、そうなるべき。そうなった時にさらに学生の自主性がものをいいます。
また大学の活動ということでいうとプロではありません。もちろん結果を出すことは非常に大事なのですが、サッカーを通して様々なことを経験して学んで欲しいと感じます。それが必ず社会に出た時に役に立ちます。これからは今まで以上にどの社会に出ても、「自主性」が「まん中」です。ある程度のルール、伝統、習慣にただ乗っかってやっていれば、ある程度右肩あがりに何とかなる時代はもう存在しません。その意味こめて、自らが考えて、動いて、失敗して、反省して、たまに成功して、結果だして、といった経験がものをいいます。そういったことを経験できるすばらしい環境に身をおいていると思ってやっていただければと。
だから、たまにOBが「俺らの時代はこうだった、ああだった。だからこうすべき」と偉そうに語ったとしても、逆に更に考えるきっかけを与えてくれている、くらいの余裕のポジティブスタンスで受け止めてもらっていいのではと思っております。先輩に対してのリスペクトは忘れずに、ですけどね(笑)。