今回ブログを担当します。上智大学2年外国語学部ドイツ語学科の鴨下友哉です。

「客観的に物事をみて考えてみなよ。」一度は言われたことがある人が多いと思います。『客観的に物事をみる』一見簡単そうですがこの行為って物凄く難しいことだと思うんです。何故難しいのか、あるエピソードを紹介したいと思います。
ある時AさんはBさんに対してとても腹を立てて口もききませんでした。Bさんは何故Aさんを怒らせてしまったのかわからなくて、自分の行動を落ち着いて客観的にみると自分に非があると思い直しました。そこでBさんは自分がAさんを怒らせてしまったと思った出来事について謝ると仲直りするとこができました。
このエピソード、一見Bさんが客観的に物事を見ることに成功してるように見えます。しかし自分は「Bさんが主体的にみて思ったことがたまたまAさんの思いと合致しただけ」だと思うんです。『客観的にみる』と言葉で言うのは簡単です。しかしどんなに自分が考えても完全に他人の視点から物事を見るのは絶対に不可能です。だって考えてるのは自分なのですから。だから客観的にみる=主体的に他人の視点になったつもりで見るということなんだと思うんです。

 

(さぁ、ここまで長々と書いてきましたがここからが自分がこのブログで言いたいことです。もう少しお付き合いください)

サッカーとはプレーするのはあくまでも自分で、そのプレーを評価し公式戦で使うのかを考えるのはコーチであり監督の仕事です。自分がいいプレーをしたと思っていても監督にとっては評価できないプレーであったりするのはよくある話です。そうすると何故試合で使ってくれないのかというフラストレーションが溜まり、それを解消すべく監督やコーチが何を求めているのかを客観的に考えることを始めます。しかしその客観的とはやはり先ほど述べた主体的に他人の視点になったつもりで考えることなのです。これでは根本的な解決になりません。ではどうするのか?その答えは客観的であってはいけない、そして「客観」を頼るということです。
上智大学サッカー部では選手に評価を下すのはコーチや監督でなく同じ大学生の4年生です。監督やコーチでは聞けないようなことも聞ける、そんな環境が揃ってるのがこの上智大学サッカー部の良さです。つまり一番必要な「客観」がすぐ手の届くとこにあるのです。自分はこのことに気づくのに1年かかりました。だから後輩も1年前の僕のように文句や不平をたれるのではなく「客観」を頼ってもっと上を目指すべきだと思います。

偉そうにここまでつらつらと書いてきましたが、自分もまだ全然その「客観」を頼り上を目指すという行動を起こせていません。なので自分への戒めも込めてこのブログに書き、このブログを締めくくろうと思います。拙い文書でしたが読んでくださりありがとうございました。

次回は入部して3ヶ月、もはや上智大学サッカー部のエースになりつつある池田総一郎君です。