こんにちは。

今回、部員ブログを担当させていただきます、上智大学理工学部機能創造理工学科4年の有坂銀平です。

リーグ戦が終わり、4年生の半分は引退してしまった中で、もっとサッカーを続けたい、上手くなりたい、という一心で11月の東京都トーナメントまで残る決断をした10月頃。

あれから一か月が経ちましたが、残った組の4年生も11/4をもって4年間続けてきた大学サッカーを引退しました。個人の結果としてはリーグ戦に続き、何も残せないまま引退することになってしまい、非常に悔しい、やりきれない、情けない気持ちでいっぱいです。

また、親には、大学院に進学するための受験も、卒論も残っているにも関わらず、「4年はまだ全員残っているよ」と適当なことを言って勝手にサッカーを続けていて、申し訳なかったと思います。ぼくの母親はいわゆる「上智」を応援するために試合に来るのではなく、銀平が試合に出るのなら応援に行くよ、というタイプの人だったので、試合に出るかもしれないから応援に来てよ、の一言が最後まで言えなかったことが唯一の心残りです。

今までを振り返ると、大学サッカーは自分の今までの中学、高校のときのような甘い世界ではなく、厳しいプレッシャーの中で自分が何を考えてボールを持っているのか、相手は何を考えて動いているのかなどを考えていないとまともにプレーすることもできませんでした。ただ、そこで初めてサッカーの別の楽しさに気付くことができました。

相手が本気で掛かってくるからこその駆け引きや、自分だけではなく味方と共にピッチ内のレーンを考えてスペースを作り出すこと、など挙げだしたらキリがないですが、それらのサッカーのより深い楽しみ方に気付かせてもらえて非常に感謝しています。

欲を言えばもっとサッカーの深い楽しみを味わいたかったです。

慰労会のときは、「龍とか典が…」と言ってうじうじ泣いていたのですが、この二人が特にこのサッカーの深い楽しみ方を知っていて、一緒に話していて勉強になったし、僕がより深くサッカーを楽しもうというきっかけにもなりました。

それ以外にも上智サッカー部には色んなすごい人やしょうもない人、面白い人がいます。紹介しだしたら長くなってしまうので割愛しますが、この部活に入ってこれらの様々な人に出会えて感謝しています。

勇気を出してフレマン期間に一人で真田堀に降りて練習参加をしたあの日からぼくの大学サッカーは始まり、思い返せば非常に濃く、幸せな4年間でした。

1年生のときは都3部から始まり、その年に優勝、2部昇格。2年生のときはあと一歩のところで昇格できずに2部残留し、3年生のときに2部優勝、昇格、そして4年次には都1部残留で、あと一歩で昇格戦。

高校の同期に、何で上智そんな強くなったのかと聞かれましたが、僕の見解ではサッカー面以外の部分にあり、学生主体でやっていくけども決して妥協せずにサッカー部という組織体制について試行錯誤を繰り返してきた先輩方の積み重ねがあったからじゃないかなと思います。サッカーの上手い一年生がいっぱい入ってきたことを考えれば、僕のやった唯一の仕事と言っても過言ではない、フレマン期間の頑張りが少しでも役に立っているのではないかと、思いたいです。

これからはOBの立場となりますが、サッカー部の結果を楽しみにしています。

4年間ありがとうございました。

次回は、ガングロマッチョの中田璃久くんです。