部員の中で多かった6つの受験形態ごと7人に自身の体験を語ってもらうこの企画。
上智大学サッカー部の部員は高校時代どのようにしてサッカーと勉強を両立して受験を突破したのか、、
文武両道を志す高校生は必読です!

 

天才はあきらめた(浪人体験記)
先日新入生ブログを担当させていただいた、外国語学部イスパニア語学科 1年小熊崚介です。今回は受験生企画ということで僕の受験体験記を僭越ながら書いていきたいと思います。

タイトルですが、浪人中に読んで感銘を受けたBOSS(山里亮太さん)の著作から取ってきました。劣等感と嫉妬、ハリボテの自信。まさに自分の気持ちを代弁してくれているようでした。不毛な議論も面白いです。浪人生の時はラジオで曜日感覚を取っていましたねえ。火曜はアルピーdcg、爆笑問題カーボーイ、水曜は不毛な議論、木曜はハライチのターン、土曜はオードリーANN。ささやかな息抜きでした。皆さんもradikoのタイムフリーでいつでも聴けるので是非聴いてみてね。

さて、話は逸れましたが、何を隠そう私は都内の某予備校で浪人生活を送ってこの春から念願の上智大の合格、そしてサッカー部入部を勝ち取ることが出来ました。今日は現役時の惨劇、そしてなんとか落とし前を付けた浪人生活についてです。最後まで読んでくれたら嬉しいです。感想なんか教えてくれたら泣いて喜びます。

私の現役時代の失敗はまさしく「奢りと慢心」
です。私は高校時代、暁星高校サッカー部に所属していました。5時に起床して朝練をこなし、8時半~15時まで学校、15時半から18時まで午後練、そっから21時まで塾、帰宅後23時には寝る、という生活を高3の10月中旬までしていました。
確かに平均的な高校生よりは忙しいかもしれません。しかしそれは言い訳にはなりません。なぜなら他の部員たちはメリハリを付け、スキマ時間などをきっちり活用し、医学部や有名大学に現役で当然のように受かっていくからです。
そんな中、当時の小熊少年はスキマ時間はスマホでDLした大好きなサッカーの試合を見る、寝る、そして本来スキマ時間ではない授業中や塾の自習室でもよく寝ていました(お父さんお母さんごめんなさい)。
このように全く勉強していなかったにも関わらず「俺は大学に合格する。なぜなら俺は特別だからだ」なんていう訳の分からない自信を持っていました。

そんな実力の伴わない自信に満ち溢れてる小熊少年になぜか神様はチャンスをくれました。
なんと自分が目標にしていた某K大学とW大学のAO入試において、周りの人達の助けもあり、前者は1次の書類を突破し最終の面接、後者は1次の書類、2次の論文を突破し、最終のセンター試験まで行くことになりました。こうなったらもう小熊少年は慢心の権化です。自分は落ちるはずないとの思いをどんどん強くしていきました。もうその頃には大学に入った気分で、薔薇色のキャンパスライフを想像していました。
しかし神様はこの奢り、慢心の権化と化した小熊少年にいい思いをさせてくれるほど甘くはありませんでした。面接では自分の志望理由の甘さと、評定の低さ、を指摘され撃沈。センター試験では4点差で基準点を越えられず浪人が決まりました。今思えば大した計画性もない、自分への過信から弱点もろくに把握しない、人の言うことも聞かない、その割には努力もしないという最低でどうしようもない人間でした。

鼻っ柱をへし折られた小熊少年は受験が終わってから辛い日々を過ごします。何を食べても美味しくない。友達と遊びに行ってもなんか楽しめない。ただ風呂に入ってるだけで出てくるとめどない涙。大学が決まりSNSでおちゃらけてる同級生を見てまた涙。大学への期待を語り合う仲良かった友達の姿がとても遠くに霞んで見えまたしても涙涙。卒業パーティーでも他のみんなが明るい未来への門出を祝い、笑い合う中、1人涙を流したのを覚えています。

そんな悔しい思いの中、始まった浪人生活。奢りと慢心のメッキが剥がれ、そこには凡人の小熊少年がいました。そしてそんな凡人を自覚した彼を強く揺り動かしたのはその奢りと慢心から来た嫉妬と劣等感です。「俺は特別じゃない」ということを認めた時、まともに努力して結果を勝ち取った高校の同級生や周りの人に対する劣等感と嫉妬が湧き上がってきました。この劣等感と嫉妬というのは浪人生を前に進めるには最高の燃料です。かのInstagramのストーリーではっちゃけてるアホ面の”大学生”を見れば簡単に補充できるので恒常的にやるのはオススメしませんが、浪人生にはたまにSNSを見て燃料を補充することをオススメします。

浪人期のスケジュールはまず6時半には起床して、8時の開門前には予備校に到着していました。朝の移動時間は単語をやったり、英語でサッカーニュースを聴いたりしていました。そして開門時間の8時~閉門時間の21時まで授業のある時は真面目に受け、授業のない時は自習室に籠り、ずっと予備校にいました。そして22時には家に帰り、その日の復習を軽くしたり、翌日の計画を立てたり、動画を見てリラックスしたりして24時には寝ていました。まるでロボットのように一日をルーティン化して、同じ日を繰り返していました。
こう見ると物凄く真面目な浪人生に見えますが基本1日10時間くらいしか勉強していませんでした。というのも予備校にいる間(12~13時間)のうち3~4時間は休憩して良いというルールを作っていたので、個人的にメンタル的なキツさはひとつ置いておいて、勉強そのものにキツさを感じたことはありませんでした。事実嫌になったら30分~1時間くらい散歩をすることもありました。このようにできない時はできない時割り切ることや、1日10時間と決めてそれ以上はやらないこと、飽きたら科目を変えたり、音楽を聴きながら単純な単語の確認をするなど、勉強そのものを嫌にせず、常にある程度の集中力を保つための工夫を凝らすのはとても重要だと思います。

そしてもうひとつ重要なのはやはりプランニングです。私は模試で間違えたところを参考にして弱点を洗い出し、そいつをいつまでに、どの参考書を、どのくらいやって潰すのかを明確にし、やらなくてはならない量(ページ数や問題数)÷日数(基本的には次の模試までの日数)で逆算して、一日に何をやるかをスケジュール表に書いていました。ここでの注意点は「弱点を潰すためには何をやるのか」ということは先生など外部の人に聞いた方が良いということです。これは至極単純な理由で今までの自分で埋められなかった穴なのだからきちんと外部の人に頼った方が良いということです。

そして、よく聞かれるのが「息抜きになしてたの?」という疑問ですが、私は専ら予備校が閉まった後に夜な夜なジムに行き、狂ったように筋トレ、主にベンチプレスをしていました。なぜあんなに筋トレに傾倒していたのか、現役時代割と筋トレ嫌いであった私には理解できません。やはり浪人生活は私の心を思わぬ所で蝕んでいたのでしょうか。ただやはり力いっぱい重いものを持ち上げる時は、目の前の鉛の塊との格闘に夢中になりとにかく頭を真っ白にできます。
そしてインターバルの1分間に英、古文単語などをやるとまるで頭がスポンジのように吸収していくのです。あれはまるで魔法のようでした。
こうして私は9月までにベンチプレス120kgを達成するのですが、同時に腰をぶっ壊し1週間椅子に座れなくなります。筋トレをやる場合はきちんとストレッチなどアフターケアをしましょう。

このようにして夏休み辺りまではいいサイクルで回っていました。
しかし、腰の調子を崩した9月、勉強の調子も思ったように行かなくなってきました。なかなか判定が出ない、偏差値が上がらない、むしろ下がってくる。このような焦燥感がありました。そうするとますます勉強に身が入らなくなってきます。
しかしここでかの小熊少年の根拠の無い自信が効力を発揮します。「俺のやり方は間違ってない。今は過渡期なだけ。このまま突き進めば絶対になんとかなる。」
もちろん自分を疑うことは大事ですが、今までの積み重ねを見て、自分を信じることも大切です。「自信と過信は紙一重」という言葉があるように、ここの塩梅は非常に難しいところですが、今までしっかり1日10時間とそれなりの量をこなしていた自分を信じるのはそう難しくはありませんでした。

9月以降はとてつもないスピードで過ぎ去っていきます。過去問演習×弱点の補強をスケジュールを建てて繰り返すだけです。メンタル的な不安はもちろん日に日に大きくなっていきましたが、そんなもの考えてもどうしようもない、不安が小さくなることは無いと割り切って机に向かう日々でした。
多分受験体験記というのは9月~センター本番くらいまで書くことが多いのではないか、と思う人がほとんどだと思うのですが、正直ここの記憶はあまりありません。

そして迎えたセンター本番。私は英語で今まで見たことも無い点数を取ってしまいます。とてつもない落胆。絶望。本番まであと10数日。どうしよう。ここまで積上げてきた自信が崩れ落ちそうでした。この時背中を押してくれたのは他でもない家族です。きちんと話を聞いてくれて、その上で「うじうじするな、もう何がなんでもやるしかない」ということを繰り返し強調してくれました。
もちろん優しい言葉をかけることも大事ですが、それだけが応援することでは無い、客観的な立場で何をしたらいいかということを時には厳しく伝えることも重要だ、ということを受験生を応援する側の人達にはわかって欲しいです(もちろん人のタイプにもよりますが)
こうして迎えた受験本番。結局上智大学を9学科(TEAP利用7学科:外国語学部イスパニア語学科、ポルトガル語学科、フランス語学科、ドイツ語学科、ロシア語学科、総合人間科学部社会学科、文学部仏文学科、一般受験:経済学部経営学科、外国語学部ロシア語学科)合格。前年度に、合格最低点から80点差近く離されてのぶっちぎりの不合格だったので1年の成長が見えて言葉にならないくらい嬉しかったです。そして前年度AO入試で落とされた所にもリベンジ達成。こうして小熊少年の”文”の戦いは幕を閉じました。

さて、これからのサッカー部としての活動において、1年のブランクというのは運動能力的に大きなマイナスがあると思います。しかし浪人中の気付きや難題に対峙する時のノウハウはそれをも上回るプラスがあると考えています。それを証明して「浪人はマイナスではない。プラスである」ということを背中で伝えていきたいです。

長々と失礼しました。受験生の皆さん、受験期はとても辛いですが、それは後々血となり肉となります。応援しています。頑張ってください。