「ピーマンが好きな人もいる」

末枯野美しき晩秋の候、皆様におかれましては、ますますご健勝にお過ごしのことと存じます。

最後の部員ブログにもかかわらず、あまりにも書くことがなさすぎてちょっと頭いいっぽいことを書いてしまいました。
僕の大切な時間を割いてどうせ書くなら、これからの上智サッカー部を支えてくれる後輩のためになることを書きたいと思います。

僕は5歳からサッカーを始めて、先週16年間のサッカー人生に終止符を打った。
自分が思っている何倍もあっけなく終わった。高校サッカーで負けた時はロッカールームで泣いてるのに記者が取材に来るから「ちょっとは空気読めよ」と思いながらも渋々答えたけど、大学サッカーはそんなのもなかったし泣きすらしなかった。もちろん1勝もできずに降格させてしまったことは申し訳ないと思ってるし、普通に悲しいけど、年間を通して何より大変だなって思ったのは評価することだった。まあ、大変ってよりかは難しいの方が近いかな。「ウメキちゃんとやってなかったじゃん」って思われても仕方ないくらい、練習を見る態度で注意されたり、何度も欠伸をしてしまった。気づけば選手を評価することよりも球拾いの方が全力でやってたきがするくらい。ただ、一つ言いたいのは、評価ってほんとに難しいってこと。例えば、ピーマンが嫌いな人がいて、その人が1人で食事するならいいけどみんなとってなったら、好きな人もいるわけだから、ピーマンが○か×かなんて決められないはず。自分1人でメンバー決めるなら秒で終わるけど、人数多くしてやるとばらばらの意見が出るから、余計難しく感じる。(別に今年のやり方を否定しているわけではないが、僕は1人の方がいいじゃないかって1年間ずっと言ってました。)ましてや、同じポジションの人が同期にいたら言いづらくなっちゃうし。評価するのはみんな1年目の初心者なのに、上手いやつがいうと確かにって思うように出来てる。誰々が対面パスをちゃんとやってないとか、守備が軽いとか、ヘディングビビってるとか。人のマイナスな部分をあげればきりがないし、それを評価っていうならメンバー選考に2年はかかる。足元の技術がどんなに高くても最後の一歩をサボるような人やチームのために動けない選手を試合には出したくない。高校時代、強豪校にいたからわかるけど試合に出てた僕なんかよりも上手い選手はたくさんいた。それでも僕が試合に出れたのは何を評価されてチームにとって何が必要なのかを分かっていたからだと思う。だから、今の後輩たちは試合に出るためにも、3年生を困らせないためにも、スライディングやヘディングをしっかりやってほしいと思う。

そこで評価ってなにって考えんたんだけど、みんなと話して出る答えはいつも同じだった。そう、答えは「印象ゲー」。「印象ゲー」については10000字のレポートで提出できるくらい深く書ける自信があるけど、今回は敢えて書かないでおく。印象っていうぐらいだから、評価する人によって多種多様なイメージを持つことになる。チェルシーのモーゼスが試合に出れたのはコンテにとって使えると判断されたからで、それがモウリーニョやサッリ、ランパードに取って一緒かって言われたらイエスとは言い切れない。モーゼスを起用していないモウリーニョのシーズンも、起用したコンテのシーズンも優勝しているから評価基準や選考に関して正解はないと思ってる。だから、君たちも色んなプレーをして多くの選択肢を持つことで何が評価されてどういった人たちが試合に出ているのか、というのことを頭をフル回転させて考えてほしい。そうすれば自ずと僕が言ってることがわかるし、試合に出れるようになるから。(最低限の技術と知能は必要。)モーゼスのように試合に出ることもあれば出れないこともあるわけだから、腐らず評価していただいているという気持ちで精進してほしい。

3年生、後輩からの批判は気にせず自分たちが正しいと思っていることを続けてください。後輩に言われたからって方針を変えたり、軸を曲げることはチームのためとは言いません。中途半端な選択はチームに不安をもたらすので、慰労会の日に言った「俺が俺がの精神」で後輩たちを引っ張ってってください。

 

”評価するよりも評価される方がよっぽど楽だと感じた1年間。だけど、物凄い良い経験ができました。
ありがとう、上智サッカー部。”